稲川先生

子育て

ご飯がこわい。

長女が6歳になると、

食事を恐れるようになった。

おそらく、きっかけは

保育園で小学生になる練習みたいなことで、

『給食を決まった時間内に食べれるようにしましょう』

みたいな取り組みが始まった事かなと思う。

長女はそれに対して過剰にプレッシャーを感じてしまい、

食事自体を恐れるようになってしまったようで。

『全部食べられなくても良い?』

と、何度も泣いて聞くようになってしまった。

それもまだ食事の時間の何時間も前から。

私の会社はその頃、

コロナの煽りを受けて値上げ交渉の嵐で激務。

保育園は何度も休園になり、

子供の面倒を見ながらのテレワークは捗らず、

子供が眠った22時頃から本腰で仕事をする毎日。

本来は16:30で終業の時短勤務なのに、

テレワークのせいで

そんなもの完全になきものとされてしまっていた。

深夜2時頃仕事を終え、

その後家事を済ませるので寝るのは3,4時。

精神的にも肉体的にも辛い時期で、

ちょっとしたことでイライラしていたの。

そして子供がコロナになると

食欲が無くなるという話を聞いたので、

その不安も混ざって私は非常に不安定だった。

『ごはん全部食べなくても良い?』

と泣かれても、

食べる前からそんな事言わないの。

おなかいっぱいになったら残していいから。

子供の不安に理屈は通じないから、

そういわれても解消されず泣き止まない。

それどころか

小学生になったらお残ししちゃダメって言う先生かもよ。

と脅すようなことを言っている始末だったの。

あの子の小さな胸は不安でいっぱいだったと言うのに。

私はそんなことしか言えなかった。

先生はもういないから。

最近、稲川先生を見かけないな、

と思ってはいたけど。

保育園の先生の一覧から消えていた。

今は小学生になった長女。

その長女が大好きだった先生。

あの子はよく先生のことを、

『稲川先生、すごくすごく優しいの。
いつも、食べれなくても良いよ。
って言ってくれるの。』

と満面の笑みで語っていた。

余裕の無い実の親が、

優しく受け止めてくれないけれど、

その追い詰められたあの子に、

心の逃げ場を作ってくれたのよね。

長女は稲川先生のことを

いまだに思い出しては、

『私が大好きだったあの先生にまた会いたいな』

と言っている。

『保育園に来ればいつでも会えるよ』

と私が返事していたけど、

どうやら先生はいつの間にか

辞めてしまっていたらしい。

退職するといつもお知らせが来るのだけど、

全く知らせが無かった。

ひょっとしたら

雇用形態がパートとかだったのかもしれない。

長女には何となく言えていない。

彼女の心の安らぎの場所だったと思うから。

おかしなもので、

本来は子供の逃げ場はお母さんであるべきなのに、

そうじゃないんだもの。

でも、

稲川先生がいなくなってしまった今、

今度こそ長女の逃げ場が私でなくちゃいけないわよね。

ほんと、変な話。

家庭で逃げ場がない子供を先生が受け止めてくれていて、

その先生がいなくなった穴を

親である私が埋めるなんて。

でも今度こそ、

先生が繋いでくれていたんだもの。

今度こそ私はきちんと受け止めなきゃね。

先生がいてくれて本当に幸運だったなと思う。

でも、もう

ありがとうも言えないのよね。

ダメな親からの逃げ場
→ 優しい先生
先生がいなくなった
→ 先生のいない穴を親が埋めてあげる
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